あけましておめでとうございます☆
・・・さて、本年度の大河ドラマ「義経」の放送がいよいよ、スタートをしましたよね・・・♡
私が昨年、マネージャーとして同行した折の茨城県は高萩海岸でのロケシーンが豊富に使われていたようです。
・・・さて、年末年始は例に漏れず、けっこうに多忙だった・・・私こと山野亜紀なのですが、それは何故かと申しますと・・・実はっ(!)
私の母が、目出度くも今年(注:2005年)の1月4日に77歳の誕生日を迎えたからなのでございます・・・っ。
ご存知の方も多いでしょうが、77歳は喜寿(きじゅ)の祝いと申しまして、非常にお目出度い年齢なのでございます♡
何故に77歳なのかと申しますと、決してゾロ目ゆえに生じたお祝いではありませんよ。 (^。^)
喜びという字は、古い文字で書くと、「七」と言う字を森の字の如くに綴った文字から・・・来てるのだとか・・・?
還暦(60歳)の祝いであるとか、古希(70歳)や、米寿(88歳)とか。
日本には、そんな年齢を祝う行事が幾つか、存在しているのであります・・・☆
●ところが母は、ここ数年・・・年末をずーっと風邪でダウン、という年が続いていたのですが★
今年はどうやら、寝込まないで済んでくれました♡ ・・・という事で、喜寿のお祝いを兼ねて、正月旅行の行き先は「天草」! ここを選んだ理由の一つには勿論、天草という場所は海が美しくて、魚が美味しい・・・という事もありますが(!) なにしろ、この土地では「死んだ魚は食わねぇ」・・・という位、魚が新鮮なんだそうですね。 (^◇^) でもその他に実は・・・私達には、実にミーハーなる目的(!)があったのです♡
実は2003年度の大河ドラマ「武蔵~MUSASHI~」においての巌流島のロケ地はここ、天草・・・っっつ!なのであります♡ 私こと山野亜紀は、林邦史朗先生に・・・天草での色々なお話を聞いていましたので、是非とも一度は訪れてみたいと、ずーっと願っていたからなんですね! (^_^)/ 勿論、海好きの母とも、その意見は一致しておりました。 (^_-)-☆
●さて天草と一言で申しましても、大きくは「天草上島」と「天草下島」の2島に分かれるのだそうですが。
・・・武蔵のロケ地は、その下島の方の「茂串海岸」という場所で行なわれたのだそうです。
熊本県牛深市役所のお向かいにある「牛深海彩館」では、撮影で武蔵が巌流島へ渡った時に使われたなる船の展示もありました★
聞く所によりますと、昨年はその茂串海岸、海水浴客が例年よりも多く訪れたと聞きます♡
・・・私たち家族が訪れた時には、少し天気が悪かったにも関わらず、たいへん美しい海でありました♡ (^_^)v
さて、牛深市役所では「武蔵ロケ・ポイントマップ」なるものが配られているようで、海岸を歩いて、往復60分で全てのポイントが散策出来るのだとか。
そのマップには武蔵や小次郎の写真と共に、スタッフの方もちらほらと写ってはいたのですが、我らが林邦史朗は、一片も写っておらず・・・★
先生のプロダクションのメンバーが、武蔵の刺客役として(しかも編笠被りの後ろ姿で★)4人程、写っていたっきりでございました・・・。 (^_^;)
●・・・と、そんな訳で4泊5日の「天草・黒川温泉ツァー」は終わり、日常の日々は復活をしたのですが★
ちなみに私の兄は、世間によく居る「鉄ちゃん(鉄道ファンのこと)」なので交通は、行きは「ブルートレインはやぶさ号」を使って(注・2019年現在、この電車は廃止になりました★)。
帰りはJALより1万円安いけれども、そのかわりに機内サービスは全くなし(!)のスカイネットアジア航空で帰ってまいりました。
乗り物の手配や宿の手配は、すべて鉄ちゃん・兄の仕事と決まっているんです。
・・・なんてったって、乗り物には詳しい人ですものね。 (^_-)
「ブルートレインはやぶさ号」は、関門海峡を越える折には、必ず機関車を交換するのだそうですが・・・そこでよく見掛けた光景とは・・・。 (^_^;)
親子連れで、父はカメラを。
子供はビデオを持って、機関車交換の様子を撮影している姿をとても(!)よく見掛けました・・・。
携帯のカメラで撮影する方も、とっても多かったです・・・っ!
飛行機族が増える中、いやはやどうして、鉄ちゃん、いまだ健在ですっ!!!
そして鉄ちゃんの子供は、やっぱり鉄ちゃんへと育っていくのでしょうか・・・。 (´。`)
●・・・さて、正月空けてのお初(!)のページが、このままでは天草話で終ってしまいそうなので、この辺りで切り上げを致しましょう。
実は私、昨年(つまり2004年)の9月に、林邦史朗先生の薦めもあって、ともかくも・・・「事務所」というモノを、設立してみましたっ!
その名を、「オフィス・リバティ」と申します。
第16回目のエッセイでもご紹介を致しましたが、私の実家は、天下晴れての自営業・・・なので、極簡単に営業部門を一つ増やしてみたという事ですね。
・・・私はタレント養成所に通うようになって、しみじみと思った事があります。
私って、たまたま東京に産まれていただけなんだよねぇ・・・って。
両親は、元を正せば東北ですし、母方のお母さん(つまり、私にとってはお婆ちゃん★)が・・・亭主を単身赴任させて、自分は(子育ての為に)東京に住む事を決めていなかったら、私はこの土地に住む事もなかったと思います・・・。
なので私の母方の親族たちは皆「東京大空襲」にも逢っているし、危険も多かった訳ですが★
・・・当時は母の家族はみな、中野に住んでいたそう・・・なんですが、上手い具合に家の方も通り一本(昭和通り★)を挟んで、こちら側だったので・・・たまたま家も、焼け残っていてくれていたのだそうです。
結局、長男は戦争で亡くしてしまいましたが(この辺りは、エッセイ第8話をどうぞ)、紆余曲折はあったものの。
・・・とにかく、私はたまたま、東京に生を受けて育っていただけなんですよね。
でももし東京に住んでいなかったら、立ち廻りに関わりを持つことは全くなかったと・・・もしかして、はっきりと断言(!)出来るかも。 (゜-゜)
ましてや、代理講師なんて仕事には、ホントにとんでもなかったと思いますし、「タレント養成所」でのレッスンで、「殺陣のレッスン」がある処ですら当時(1995年辺り★)は、少なかったように思います。
しかも・・・私の場合、それを目指してオーディションを受けた訳では全くありませんでした★
・・・自営の事務所に通う・・・通勤定期エリア内にある養成所だから、交通費が全く掛からない(!)
そんな理由だけで受けてその養成所を受けて、たまたま・・・私は林邦史朗という人に出会いました。
私はそれまで立ち廻りの「た」の字も知りませんでしたし、それに関しては何も・・・夢も希望も持っていませんでした。
●ですが・・・HPを立ち上げてみて、色々な方のお話を聞いてみますと。
例えば地方の女性が、「殺陣師になりたい」という夢を描いていたり。
「殺陣を勉強したい」のに、何処で習えるのか判らないので教えて欲しいという相談も、ありました。(注:2005年当時は、HPも余り普及していない時代でした★)
代理講師の仕事だって、もし稽古を西暦2000年まで私が続けていなかったら、ありつけなかった訳ですよねぇ~・・・と、思います。(この辺は、エッセイ第3話をご覧下さい)。
そして、もう一つ。
たまたま、・・・林邦史朗と言う方は、あまり男とか女とかにはこだわらない方だったから★
たまたま・・・講師の仕事を、先生の事務所の男性陣が誰1人やりたがらなかった(!)のと、私の会社が自営でしたから、だから・・・幾ばくか時間の余裕が取れたという、たったそれだけの事でした。
・・・それにどう考えてみても私って、別に・・・特別な人だったとも思えませんでしたし。 (^_^;)
●ですがおそらく、そんな流れもなかったら・・・こんなHPをしかも、1から勉強して作る事もなかったと、思います。
日本にはこんなに、「立ち廻りをやってみたいという人が多い」という事を知り、でもやっぱり、勉強をするには「立ち廻りを勉強する為の環境」が必要になるよなぁとは、思いました。
例えば、私こと山野亜紀が通っていたような「タレント養成所」とか「劇団」といったような・・・。
でも、林先生の考えはもっと違っていました。
「立ち廻りの通信教育が、やりたい」・・・というのです。
それは俳優になる為だけではなくって、例えば「立ち廻りを、一度でもいいからやってみたいという人」や、ダンスやスポーツを楽しむような感覚で、「手軽な趣味として習えるような環境」がもしも・・・整えば(!)
「立ち廻り」が、皆さんのものとして、楽しむ事が出来るのではないか。 (゜-゜)
例えば「映像を作って月毎に送れ」ば、地方でたった一人でも「立ち廻りの勉強がしたい・・・!」という人の夢が叶うんじゃないか・・・?
そんな折、うまい具合にインターネットというものが世の中に普及をしてまいりました♡
・・・身体の事ですから「見ていて、それがすぐに出来る」という訳にはいきませんが、画像を見る事で、下地を作る事は出来る筈です。
「立ち廻り」を例えば、エアロビのような感覚で習える環境が作り上げられたら、楽しそう♡
・・・そういえばエアロビには、1年に1回とか「全国大会」なるものが開催されているようです。
ならば例えば、「武道館で立ち廻り全国大会」なんて楽しそう・・・♡
・・・うっ、わーーー・・・っ!!メチャ、夢ですねぇ・・・。
でも、もしかしてその中からプロ!として活躍する人がたくさん出て来たりしたら、もーっと「立ち廻り」が楽しくなっちゃったりして・・・っ! (^o^)
昨年ですか、テレビでアマチュアの「エアロビ全国大会」の映像を見ていて、しみじみ思ったんですよね。
アマチュアの方の方が、プロの人よりも生き生きしてるかも知れないんじゃないかなぁ?・・・って。
近い将来、「立ち廻りを生業にしている役者」よりも、「アマチュアの方の立ち廻り」の方がしの事だって、ないとは言えなかったりして。
夢が膨らむ、昨今の私なのでありました♡